【機体のレイアウト】

 人力飛行機を軽量・高剛性化する手法の一つにCFRP材の適用が有ります。この材料は高価な欠点を除けば、釣り竿やゴルフのシャフトからご理解頂けますように、軽量で非常に高い降伏点を持つ新素材です。しかしそのメリットばかりに捕らわれ過ぎますと、主翼はたとえ折れずとも釣り竿の如く変形してしまいます。部材の決定は、用途に適した断面性能の付与に始まりますが、変形量(回転角)の把握が重要なポイントです。私達は、機体の主要構造に用いるCFRP部材を全て自作しました。必要な性能を確保するために、それぞれ専用のマンドレルを製作し、数種類のプリプレグシートを最適化した構成で積層し、専用の電気炉で焼結させました。


左・角パイプの積層  右・ハイブリッドバルサ

 

(1)主翼  翼型は、翼根から翼端にかけて、 レイノルズ数 に対応して WortmanFX76 MP-160、DAE-21・31・51 を配置し、 定常飛行時の揚力分布の楕円形状化 に対応した迎角、捻り下げを与えました。アンダーキャンバーの形状が極端に異なる2つの翼型、MP-160をDAE-21に滑らかに移行させるにあたっては、形状変化も問題ですが、空力性能の変化も気になります。中間位置の翼型性能は MITのマーク・ドレラ博士が開発した数値計算による空力解析ソフト;Xフォイル を用いて性能を確認しました。
 ストレススキン翼の主要構造は、スパー:CFRP棒材、ウエブ:バルサ、スキン:スチレンペーパーにGFRP加工とし、構造解析は有限要素法(FEM)によりました。

 
FEM解析による変位図


  FEM解析による捻り分布図

@スパーは、フランジに0°層のみのCFRP棒材、ウエブにバルサを用いて、矩形縦長
の中空ボックス断面にしました。
A リブは30倍発泡の発泡スチロールを155mmピッチで配置し、それに3×8のバルサ
  棒のストリンガーを約150mmピッチでスパン方向に配置しました。

Bストレススキンの1つの 面要素 を、リブとストリンガーでおよそ150mm角に拘束し、
スキンの
面外座屈を防止しています。
C スキンは、主翼全面に、厚さ3mmのスチレンペーパーをプランクし、その外面を、上面は18gr/u、下面は25gr/uのガラスクロスでGFRP加工しました。ガラスクロスの重量(=厚さ)を、上面で18gr/u、下面で25gr/uとしているのは、
上下面のキャンバーの違いから生じる面外の座屈応力の違い によります。
D更にその外側をフイルムでカバーして仕上げました。

 

(2) 尾翼  水平尾翼、垂直尾翼とも主翼構造部材にスプルースとバルサを用いた 木造 です。
低アスペクト比の翼は、応力度と撓みの両面でCFRPに比べて遥かに有利 で、軽量に仕上げられます。ちなみに重量は、各々430gr で完成しました。
 スパー:バルサ棒材をCFRP薄板で補強した複合材、ウエブ:バルサ、スキン:前縁側40%をスチレンペーパーでプランク、後縁側60%をポリプロピレンフィルム張りとし、前縁部で応力を負担する
Dボックス構造 としました。

 

(3)コクピット ペダリングスタイルは大きく分けるとサイクリングスタイルリカンベントスタイルの2つに分類できます。私達は、軽量化と安全性、旋回制御の容易性からリカンベントスタイルを採用しました。サイクリングスタイルと比較しますと、
@フレームの小型・軽量化 小型・軽量化はフレームの高剛性化に直結します。運搬や組み立て・分解も容易で取り扱い性にも優れたスタイルです。性能面での最大のメリットは、
機体重量の数十パーセントを締めるパイロットの姿勢を低く押さえる事が出来ますから、重心位置を低く押さえ、安定性の向上と慣性モーメントの低減を図れます。


左・コクピットフェアリング  右・ヘッドレスト

A高い安全性 強固なフレーム(20Gの衝撃に余裕を持って耐えるように設計)に囲まれたパイロットは、万一墜落の場合でも 衝突姿勢 CHicK-2000 衝突姿勢 両腕を延ばしてしっかりハンドルを握り、座席とペダルの間で両足を突っ張り、アゴを引き、むち打ち状態を防ぐ為にヘルメットをヘッドレストに押しつける )の保持により、機体から放り出され難く、接地時の衝撃も激減します。
ハンドルが衝撃で破損しない、座席が体重の20倍の荷重に耐える等は当然です。突っ込んだときにノーズギヤが吹っ飛んで衝撃を吸収するように、ギヤ取り付け部のパイプはあらかじめ切断し、さや管(差込接合)にして、コクピットフレーム側は補強してあります。 安全性では他のスタイルの追従を許しません。


安全性の高いリカベントスタイルのコクピット

Bペダリングの脈動によるローリングが少ない  サイクリングスタイルは、足を上下にペダリングしますから、コクピットはペダリングに合わせて左右にローリングします。一方リカンベントスタイルは前後にペダリングしますから機首が左右にヨーイングします。コクピットフレームはペダリングの脈動により生じるローリングやヨーイングを出来るだけ吸収しなければなりません。サイクリングスタイルは、上反角旋回制御においてコクピットのローリングを招きますから、制御の致命傷に繋がります。双方のスタイルとも主翼とコクピットの接合部の設計や、操縦性に大きな影響を与えますので慎重な検討が必要です。


コクピットを使ったペダリングトレーニング

C出力変化への対応が優れている  リカンベントスタイルは日常的なサイクリングスタイルに対して特殊な姿勢です。滑らかなペダリングの持続には、トレーニングの3原則の1つ特異性の原理に習う必要が有ります。押し漕ぎ、引き漕ぎの連続ではなく、引き足を上手く使って、かき回すように漕ぐのがポイントです。一方、爆発的な出力が必要な出発〜離陸時等は、堅固に固定された座席が、ペダリングによる腰の反力を確実に吸収し、少ないパワーロスで滑らかな高回転・高出力を得やすい利点も見逃せません。


ペダリング脈動の測定(回転数)


ペダリング脈動の測定(パワー)

 

(4) プロペラ  平面形状の改良により、 プロペラ効率は93.8%に達しました。スピナーも
抗力低減に有効で、様々な直径と長さを検討し180φ、450φmmとしました。設計・製作の注意点に、
ペダリングによる脈動がブレード角に与える影響(捻り変形)を詳細に解析し、製作に反映する事が有ります。ブレードの加速・減速を考慮した変形を詳細に把握し、ブレード角の決定にフィードバックさせたことから、運用上の効率を3%向上させました。ブレードの加速・減速によるブレード角の変形は無視出来ません。特に重量の重いプロペラの場合は、その影響が顕著に現れます。1枚のブレードの重量が450grを越えるようなヘビー級のブレードは特に要注意です。


 

(5) 動力伝達系 ペダリングを、捻りチェーンを介してプロペラシャフトに伝達します。構造がシンプルで、信頼性も高く軽量化が図れます。ベベルギヤを用いたシャフトドライブや、ベベルギヤを介して並行チェーン方式に比べ、適当な軸間距離を確保し、適正なチェーンテンショナーを配置すると、伝達効率でも決して劣りません。
 離陸滑走時は
プロペラと駆動輪を並列駆動して加速を補助します。駆動輪に取り付けたドラムにケブラーロープを巻き付けて、ペダル側のドラムに巻き取ることで、駆動輪を回転させます(ロープドライブ)。対気速度5.5m/sまでは、主翼は揚力不足で自重を支えきれませんから、上反角すら確保出来ません。従って駆動輪の接地抵抗が期待できます。主翼が上反角を確保する直前にロープを巻き取り、プロペラドライブのみに切り替え、滑走・離陸します。ドライブユニットの伝達効率は90%(要素技術−5)を達成しました。


駆動系

 

(6) 操縦系 1つの操縦桿でエレベーター・ラダー・主翼のツイストの3舵を制御します。
 
エレベーターは、ハンドルを上下に回転(横から見ると、左右に回転)させます。
 
ラダーは、ハンドルを自転車のハンドルと同じように操作します。自転車の場合は上から見ると左右に回転させていますが、リカンベントスタイルのパイロットから見ると、右又は左の端部を前後に押したり引いたりする事に成ります。グライダーのフットペダルと同じイメージです。
 
主翼のツイストは、通常のエルロンに相当します。ハンドルは、パイロットから見て垂直面を左右に回転させて操作します。
 
上反角の制御は、シートの横に取り付けたコントロール・レバーでオン・オフ制御を行います。 


左・ハンドル  右・ハンドルのアップ

 

(7)エンジン 文字通り人体エンジンをチューンアップします。トレーニングのポイントは、ペダリングによる脈動の克服に尽きます。体力トレーニングは、大阪体育大学淵本教授の指導の基に5年間行ないました。この間に様々な測定や新しい試みにもチャレンジしました。筋力トレーニングだけに留まらず、メンタルケアーも大切です。フライト前には、食事調整も行い、グリコーゲン・ローディングの効果も確認しました。手法や効果、注意点については項を改めてレポートさせていただきます。

  
左・心筋図の作成   右・最大酸素摂取量の測定