CHicK-2000の設計(3面図参照)
に当たり、以下を検討しました。
(1)機体の剛性の飛躍的な向上
操縦性の追求と、我が国最大の超ハイアスペクトレシオAR=43.7の主翼の開発に、我が国で初めてストレススキン翼(要素技術−1)を開発しました。この構造は構造効率に優れ、軽量化と高剛性化を達成しました。例えば主翼の場合、従来の汎用人力飛行機に比べて同じ重量で約10倍の剛性を確保しています。通常のフライトでは着陸張線は不要ですが、離着陸時の直進性や安定性の確保、離陸距離の短縮化を目的に装備しています。
超高剛性テールブームの組立
テールブームは薄肉小径のCFRPパイプを組み立てた立体フレーム構造としました。従来の汎用機と比較して重量を2/3に軽量化し、剛性は垂直方向で約10倍、水平方向で5〜6倍、捻りはケブラーブレースの配置で約3倍を確保しました。その結果、エレベーター・ラダーとも実機ソアラーを凌ぐ操舵レスポンスを得る事が出来ました。
超高剛性テールブームの組立
コクピットはCFRP角パイプを組み立てた平面フレーム構造を採用しました。従来の丸パイプ構造に比べて、接合部の固定度の飛躍的な改善により、面内・面外とも約2倍の剛性を確保しました。フェアリングは、発泡スチロールを鎧貼りし、その外面にGFRP加工したモノコック構造としました。
フェアリング(櫛型を裏返して鎧貼り)
フェアリング(脱型したフェアリング;モノコック構造)
(2) 高速飛行
主翼を超ハイアスペクトレシオ化すると、同一面積では翼弦長が短くなり、飛行速度が同じ場合、レイノルズ数が低下します。レイノルズ数の低下は空力性能を低下させます。旋回飛行では、旋回半径の内外で対気速度に勾配が生じ、レイノルズ数にも同様に勾配が生じてしまうところに問題が有ります。概ね250000を確保出来る飛行速度8m/sを定常飛行速度に設定しました。これは国内ではトップクラスの高速飛行で、必要馬力の低減とは相反する選択です。男性パイロットに比べて飛行重量が軽量に仕上がる女性用人力飛行機独特の難問で、重量と飛行速度、レイノルズ数の最適化が設計ポイントになります。
通常、スパンが長く、飛行速度の速い機体は、慣性モーメントが大きく成り、特にラダーレスポンスが悪くなりがちですが、上述の構造のテールブームの開発により、これまでの数倍の剛性を確保し、鋭い操舵レスポンスを実現しました。
(3)
スパイラル降下の防止と上反角旋回(Dihedral turn)(要素技術−2)の開発
CHicK-2000が飛行速度8m/sで半径200mの旋回飛行を行いますと、主翼の内端と外端の対気速度は各々7.5
m/s、8.5 m/sとなり、速度差は13%に達します。揚力は速度の二乗に比例しますから、局所の揚力差は28%に拡大します。それは揚力係数(Cl)で0.2、迎角(α)で2°に相当します。レイノルズ数は各々227000、257000で、通常の低レイノルズ数領域で設計された翼型が良好な空力性能を維持し得る250000すら下回ってしまう非常にクリティカルな状況です。ちなみに翼根では400000を確保しています。
かつての日本の人力飛行機が旋回飛行を達成出来なかった原因がここにも有ります。速度勾配が揚力差を生じ、レイノルズ数の勾配による空力性能の変化が内翼の空気抵抗を大幅に増大させ、回復不能なスパイラル降下に陥らせたのです。旋回飛行には強力なエルロン(或いは、それに匹敵する制御方法)と、そのレスポンスを確実にサポート出来る高剛性な主翼が必要です。通常の吊り合い旋回では、エルロンによる空気抵抗が増加し、か弱い女性用人力飛行機には適用出来ません。私達は、パワーロスの少ない旋回方法として、上反角旋回(Dihedral turn)を開発しました。
(4)
高効率な上昇方法(ジャンピングクライム)の開発
女性の人力飛行のうち、離陸とそれに続く上昇は、一連の飛行中、最もパワーを費やす過酷な瞬間です。一般航空機では、上昇は滑らかな巡航上昇が望ましいのですが、人力飛行機のパイロットにとっては、人体エンジンの“出力パワーと持続時間”の観点から、機体の姿勢変化に関わらず、一定パワーを維持してのフライト(ペダリング)が有効です。飛行中の力の釣り合い図から、人力飛行機の上昇が如何にパワーを費やすかをご理解いただけると思います。定常飛行を100%とすると、1°の上昇角の維持には何と170%のパワーを必要とし、逆に1°の降下では僅かに30%に過ぎません。如何に自らの体重を持ち上げることが過酷かおわかりいただけると思います。私達は離陸から上昇飛行中に、最少の疲労で効率的に高度を獲得出来る方法として、ジャンピングクライム法(要素技術−4)を開発・実践しています。