| キマロキでの天塩線の思い出 清水 清さん記 私は在職中数多くキマロキに乗務しました。 色々な思い出の中から、天塩線(後の羽幌線)に行った時の事を紹介しましょう。 当時(昭和24年・5年頃)、天塩線は幌延と遠別間でしたが海岸は凄い吹雪になり、全線が雪に埋まり、不通になってしまいました。 その頃の道路は現在の様にはなっておらず、鉄道が唯一つの交通機関であったので、物資を運ぶ事が出来なくなり、住民の食料・生活物資が無くなってしまったのです。 現場に着いてビックリした事は、雪が線路上に3m以上も積もっていて機関車が埋まってしまう程でした。 しかも、海岸なので砂混じりの雪は固まっており、上を歩いてもぬからない程でした。 まず、ロータリー車を先頭にして機関車二台で後押しをしながら除雪をしていくのですが、それは大変な作業でした。 少し進むと雪の固さでロータリーの羽根の回転が止まってしまうのです。 そこで保線区の方と町の皆さんが雪を崩し、またロータリー車で除雪するのですが、一日に何十回と繰り返し、もう体も”くたくた”に疲れて大変でした。 一日に石炭を15tonも炊いたものです。 三日掛かってようやく遠別まで抜けて、四日目に初めてキマロキに組成して除雪をしたのですが、その時は涙が出るほど嬉しかったものです。 私は長年機関助手で、毎年一回か二回キマロキに乗務しましたが、これが一番思い出に残る事です。 |