はてしない物語

(岩波書店、1978年)

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物語はバスチアン・バルタザール・ブックスという少年が、コレアンダーという男の本屋に寄ったことから始まる。運動音痴で勉強もできず、得意なことといったら自分で物語を作ってそれを自分自身に(というのも他の誰も彼の相手をしてくれないから)語ることだけだったバスチアンは、ある日コレアンダーの本屋で「はてしない物語」という本を見つけてそれを盗み、学校の屋根裏で読みふけり始めるが、物語をこれほど愛する少年という姿に、学業不振で本をむさぼり読んでいたエンデ自身の幼年期を重ねあわせることができる。

”はてしない物語”が始まり、虚無がファンタージエン国を支配しつつある状況が明らかになる。この虚無が女王「幼ごころの君」の癒しがたい病と関連があることが語られ、その虚無と戦う勇者として狩人見習いのアトレーユが指名される。長老モーラの話で、この病を治すためには女王に新しい名前をつける必要があることを知った彼は、どのようにしたらそれが可能なのかを知るために、はてしなく広いファンタージエン全国を歩きまわり、人狼からこの虚無の正体を知るが、それは人間界へのトンネルで、これをくぐった者は人間界で「幻想」として忌み嫌われる存在になるわけで、人間界から誰かがファンタージエンにやって来て「幼ごころの君」に新しい名前を与えなければならないが、その「誰か」こそ、この物語を読み続けていたバスチアンだったのである。彼は直感で得た女王の新しい名前「月の子(モンデンキント)」を叫び、ファンタージエンへと引きずり込まれてゆく。

気がつくとバスチアンは、今や「月の子」という新しい名前を持った「幼ごころの君」の隣にいた。彼女から「汝の欲することをなせ」と言われたバスチアンは、夜の森ペレリンと色の砂漠のゴアプを創造する。その砂漠の主であるライオン・グラオーグラマーンとペレリン。この両者は一方が死ぬことでのみ生存することができるという特殊な条件の中で生きている。すなわち、昼間グラオーグラマーンが生きている間は砂漠には誰一人とて生きてゆけず、夜になりライオンが死ぬと深い森がたちどころに成立し、朝になってライオンが蘇るまでその命を謳歌する。もしライオンが蘇らないと夜の森はその繁茂の果てに自分自身窒息死してしまうであろうし、昼が永遠に続いたとしたらライオンもその孤独の中で永遠の死を迎えることであろう。逆説的ではあるものの、これによってお互いが永遠の命を獲得しているというあたりに、エンデらしい思想が読み取れる。すなわち、共生できないということで共生してゆく彼らの姿は、現在までの合理主義的思考(=科学万能主義、唯物論)とは一線を画する合理主義(=ヒューマニスティックなそれ)に基ずいたものと呼べるのではないだろうか。この「はてしない物語」にはこれ以外にも「3つの神秘の門」のように一件非合理的な部分があるが、これらの体験を通してわれわれ読者は既存(前者)の合理主義以外のものに親しんでゆき、今までの因果論に束縛されたわれわれをもっと自由で想像力あふれた世界へと旅立てるようになる。

ところで、なぜ「幼ごころの君」に新しい名前を与えることがそれだけ重要だったのだろうか? これに関しては西洋的な視点からも東洋的な視点からもアプローチできる。

まず西洋的な視点から眺めてみよう。新約聖書ヨハネ伝の冒頭の「はじめに言葉があった。言葉は神とともにあった。言葉は神であった」という一節は有名だが、人間の事実認識や思考を規定する言語活動に何らかの生命力の象徴をファンタージエンの人々は見出していたのではないだろうか。ファンタージエンにある全てのものの生命力の源とさえ呼べる「幼ごころの君」、彼女の存在の認識をファンタージエン国民(ひいてはわれわれ読者一般も)に対して可能にさせるものが彼女の名前であり、その名前が彼女の国の運命をも担っているわけで、その名前が更新されないまま老朽化するということは、神との接触が絶え、彼女の想像力が衰えるということであり、ファンタージエンの人間にとっては是非とも避けねばならぬ事態であった、と理解されよう。

一方、東洋のさらに東の果てに位置する日本には、古来から「言霊」(ことだま)という表現があった。スピノザ哲学ではないが、これの意味するところは「われわれ人間が発する言葉は魂を持っている」というものであり、さらに中国では人の本名をみだりに口に出すことは「不謹慎なこと」と考えられており、日常生活においては字(あざな・通称のこと)でお互いを呼び合っていたが、それらはすべて言葉というものが持つ霊的な力に対する畏敬に由来している。言い換えれば、人名を発音するということはその人の霊魂と接触することであり、神聖で冒涜してはならないものであるため、中国ではそれを恐れて本名を普段は使わないという習慣が生まれたのである。「ドイツ文学を読み解く際に東洋思想を持ち込むのは邪道だ」と思われる方もいるだろうが、日本や中国の思想、特に道教思想に造詣の深く、西洋では異端視されている輪廻転生論を信じていたエンデがこのような東洋的思考に馴染んでいた可能性は十分あり、決してこじつけではない。本論に戻ると、この「幼ごころの君」の場合、その生命力の根源であった名前そのものが更新されないということは、彼女に生命力を吹き込む源が維持されないということであり、その活力を枯渇するとやがてはその名前を持つ彼女の生命力が失われ、ひいてはファンタージエン全体の存在が脅かされるようになるということで、ファンタージエンの住民はそれを恐れたのである。

多少ややこしい説明になってしまったが、上記の視点の違いを整理するとこのようになる。

西洋的:言葉=神、言葉の老朽化=神との断絶、新しい名前=神との接触=神からの新たな霊感

東洋的:言葉=魂、言葉の老朽化=魂の生命力の喪失、新しい名前=新たな生命力の吸入

などと書いてたら、後述する「芸術と政治をめぐる対話」でエンデ本人がこの部分に関してこのように述べている。

「名づけられていない事物に名前をつける。それによって、人間はその事柄と関係をもつことになる。それによって、人間にとってなにかが実際はじめて現実になる。私に言わせれば、ほとんどすべての芸術や文学の仕事は、それまで名前をもっていなかった事柄に、名前をつけることなんですよ」

それはさて置き、ファンタージエンに到着して「幼ごころの君」に「月の子(モンデンキント)」という新たな名前を授けることに成功したバスチアンは、「月の子」から与えられたアウリンを使ってあれやこれやと自分の望むことを実現させてゆくが、それと引き換えにファンタージエンに来る前の記憶をどんどん失っていった。一時は銀の都アマルガンドに自分の物語の本を多数収めた図書館を寄贈した彼自身が、「物語を紡ぎ出すという才能を所有していたこと」を忘れてしまい、その他自分が小学生だったことや、ちびででぶで勉強のできない子だったこと、父親がいたことなどをすべて忘れてしまい、月の子がいないことをいいことにファンタージエンの王になってしまおうとさえ考えてしまう(アトレーユの反乱が即位式の際に起こり、この計画は実現はしなかったが)。その反乱を起こしたアトレーユを追討する途中でバスチアンは「元帝王たちの都」にたどり着くが、そこで見たのは「帝王」を名乗ったために全ての望みや記憶を失い、理知的な思考ができなくなってしまった人間たちの群集であった。バスチアンはここで始めて、自分もやがてそうなってしまうのではないかという危機感を抱き、そしてこちらの世界で全ての記憶を失ったバスチアン(正確に言うなら、自分の名前さえ忘れてしまった少年)はあてもなく彷徨することになる。

だが、幸運にも彼はここで出てくる「あなたは、生命の水の湧きでる泉を見つければ、帰れる人たちの一人なの。そこは、ファンタージエンの一番深く秘められた場所なの。・・そこへ通じる道なら、どれも、結局は正しい道だったのよ」ということばは、決して失敗を非難しないエンデらしい言葉である。人間は幾度となく失敗するが、それは成功へと至るまでの道のりにおいては、むしろ必要不可欠なプロセスでさえあるのだ。これについての詳細は、「オリーブの森で語り合う」を参考にしていただきたい。

この物語で頻出するフレーズに、「けれどもこれは別の物語、いつかまた、別の時に話すことにしよう」というものがある。26章建てで、ペンギン版の英訳ペーパーバックで400ページ以上の内容がある「はてしない物語」にそれらの物語をもし挿入しようとでもしたら、それこそ作者にとってさえ「はてしない物語」になってしまうこと請け合いだったから、エンデはやむなくこれらの話を省略した、という形に一応なっているわけだが、このように「明確な形では語られていない物語」というものは、逆にわれわれの想像力を刺激し、読者がさらに広大なファンタージエン国を創造することを可能にしてくれる。ここで思い出してみたいのが、エジプトやマヤ、それにイースターのモアイ像など、未知の部分が多い古代文明に対するわれわれの態度である。はっきりとは分かっていないが故に、われわれはそれぞれの文明が在りし日にどのような民族がどのような生活を営んでいたのかを自由に想像できる。そのような状況下で突然新しい考古学上の発見がなされ、当時の様子が「復元」されてしまうと、かえって失望してしまう人もいるが、それはそのような「科学的論証」のために彼らが頭の中で描き出していた古代文明が「実際には存在しなかったもの」として否定されてしまうためである。「モモ」でGuidoが「・・」という場面があるが、これこそが科学的論証という牢獄から解き放たれた想像力の自由奔放性を象徴していると私は思う。

最後に、巻末にあるコレアンダー氏の有名な台詞を引用したい。「絶対にファンタージエンにいけない人間もいる。いけるけれども、そのまま向こうにいきっきりになってしまう人間もいる。それから、ファンタージエンにいって、またもどってくるものもいくらかいるんだな、きみのようにね。そして、そういう人たちが、両方の世界を健やかにするんだ」私はこれに、第24章のアイゥオーラのバスチアンに対する「いつかずっとずっと先に、人間たちがファンタージエンに愛を持ってきてくれる時がくる、という予言なの。そして、その時には、二つの世界は一つになるだろう、というの」という語りかけを付け加えた上で以下のようにコメントしたい。つまり、大抵の読者(ませていて懐疑的な子どもも含む)は読後すぐにファンタージエンのことを忘れてしまい、それこそ「絶対にファンタージエンにいけない人間」になってしまうが、ただのエンターテイメント作品としてこの長い物語を書いたわけではないエンデは、このような但し書きを付け加えて、「だからファンタージエンのことを忘れないでくださいね」と読者に諭さずにはいられなかったのだと思う。若い頃に影響を受けたブレヒトの作風を拒絶し、自分の文学作品に主張を盛り込まないようにしたエンデでさえも、完璧にそうすることは不可能だったのではないだろうか。


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