明治天皇御料車として明治31年10月に新橋工場で完成した車両で、
全長16.129m、車体長さ15.544m、最大幅2.654m、車体幅2.438mの
木製2軸ボギー車です。
この車両は、明治43年に御料車6号が完成するまでずっと天皇陛下
が御利用になりましたが、大正11年7月に「摂政宮」が北海道へ
御旅行の際に道内でのお召列車に使用されましたし、大正15年12月
25日に大正天皇が葉山御用邸で崩御された時は、27日に東京への
還幸の時には一部を改造して霊柩車として使用されました。
昭和4年5月に廃車になって大井の御料車庫に保管されていましたが
昭和26年貞明皇后陛下が亡くなられた時に復活して御料車13号とな
り、貞明皇后陛下の御遺体を原宿から東浅川まで霊柩車として使用さ
れました。

明治45年、中部鉄道管理局の客車形式図によりますと、長さ15.88m、
幅2.68m、高さ3.44m、自重19.04tonと示され、台車は明治45年に基
本型と交換されています。両側のデッキは完成当時はオープンデッキでし
たが大正になってから密閉式に改造されています。

前方から大膳室(調理室)・大臣扈(こ)従室・御座所・大臣扈従室・御寝
室・御厠に別れていました。
大臣扈従室には内開きの出入り口があり、折畳みの階段が付いてい
ました。
中央の御座所は、長さ4.57m、幅1.753mで片側に解放式の細い廊下
があり青銅製の手すりが設けてありました。
通信設備の無い明治時代には、前後の供奉室から連絡のため身をか
がめてこの細廊を渡ったのでしょう。

御座所の室内は、羽目板は楓(かえで)・仕切壁は欅(けやき)・天井や
窓の回りは桑(くわ)材が使用されていました。
玉座の正・背面の大きなガラス窓は固定式の設計で窓の間柱は真鍮
純金メッキの金具が取り付けられ、床は絹織の絨毯(じゅうたん)が敷か
れていました。
室内中央には、紫色ビロードの玉座用大型椅子、左右に小型椅子を備
えて桑製の大型テーブルが置かれていました。
寝室には桑製の寝台、反対側には御剣・御璽(ぎょじ)を安置する台が設
置されていました。

大膳室は床に絨毯を敷き、左右の隅に革張りの椅子が置いてあり、檜
製の戸棚を両隅に置いて簡単な御食事を差し上げられる様になってい
ました。
暗紅色のこの御料車は、大正天皇の霊柩車両に用いられるときに黒塗
りとなり、現在は大井の御料車庫に保存されています。








           御料車 第3号(初代) 現13号