男はためらっていた。
―――このまま前に進んでもいいものか―――
今なら、手を伸ばせば届きそうなところにアイツはいる。
しかし。
それでいいのか?
お互いに傷つくだけなんじゃないのか?
ためらいは不安を呼び、その不安はまた新たなためらいを男に与えていた。
アイツはそんな男の心を見透かしたかのように後ずさりを始める。
―――このままじゃ、いけない―――
男はついに決心した。
「動こう」
しかしそれは誰の目にも、男が後ろ向きに逃げ始めたとしか映らない。
二人の距離が開いてゆく。
私は男の態度に業を煮やし、前へと進む。
二人の距離は再び徐々に縮まってゆく。
―――今日初めて会った男の人と、こんな・・・―――
迷いはあった。
が、もうすぐ三十路という強迫観念に追われるかのように前へと進み始めたのである。
そしてその強迫観念は、やがて深い後悔へと変わることになる。
男の態度の豹変。性急な男の動作。
何が起こったのかさえわからないまま、すでに男は狭い入口を目指していた。
―――駄目、こんな・・・しかもこんな所で―――
私は必死で男から逃れようと身を捩った。
しかしそんな動きとは関係ないと言わんばかりに、男は一気に進み始める。
「だめぇ〜〜〜!」
私は叫んだ。
だが、さらに身を捩った私の中で、何かが弾けた様な音がした。
「いやぁぁぁぁあ!」
叫び声は男に届かない。
太くて長いモノが「メキメキ」と音を立て、軋む。
一瞬で「すべて」が終わった。
男は自らの名も告げず去っていった。
―――許さない―――
心の中で何度も叫びながらも
独り残された私には、ただ涙を流すしかなかった。
一昨日の朝、通勤のため車で走ってる時、細い路地に差し掛かった。
いつも通る道なのだが、早朝でもあり社長の他に走る車など無いのが普通である。
しかし、一昨日の朝は違った。
路地の入口で、オヤジの運転するバンと鉢合わせしてしまったのだ。
こんな狭い道では、ぶつかってお互いの車に傷をつけることは明白。
すぐに後退して道を譲ろうとした。
しかしオヤジの方で後退してくれたので、腹の中では「下がるならもっと早く下がれよー」などと腹を立てつつ、
後退するオヤジを追ったのであった。
いつもなら絶対に自分が道を譲ろうとする社長であるが、この日ばかりは朝と言うことで急いでいた。
「もうじき30歳なんだから、のほほーーんと出社して『遅刻しました〜』などとは言えない!」という強迫観念もあった。
ところがこのオヤジ、運転超ヘタッピ。
かなーーーりのろのろと後退しているのにもかかわらず、ぐにゃぐにゃ曲がる。
道端が駐車場入口になっていて多少は広いという所で止まったものの、
止まったのは道のど真ん中。
こんな場所じゃ駄目〜とか思ったが、まぁギリギリ避けられそうである。
で、何とか避けられたかな?と思った瞬間である。
オヤジ、車発進させやんの。
ダメだ、ぶつかる!
そう思って更にハンドルを切り、オヤジの車を間一髪乗り切った次の瞬間。
左の後部座席ドア付近から「ボン」という音。
うわ〜〜〜!やっても〜た〜〜〜
そう、道路左側には電柱が立っていたのである!!!
太くて長い電柱は「メキメキ」と音を立て、軋みながら社長の車に食い込んでいった。
一瞬ですべてが終わった。
オヤジはそのまま立ち去った。
畜生あのオヤジ、絶対許さねぇ!
心の中で何度も叫びながらも
独り取り残された社長には、ただ涙を流すしかなかった。
あぁ、早くもボーナスの1/3が無くなってしまった・・・
ぐふぅ・・・