秘書室
-社長の日記-
平成12年8月31日(木)
言葉の置き換えというのは好きじゃない。
たとえば「口紅」という言葉について、
訳もなく「ルージュ」「リップ」などと言うのはどうも合点がいかない。
いや、言ってもいいんだけど、だからって「口紅」というに対して
蔑むような考えをするのはいかがなものか?
いいじゃん、口紅で。
いいじゃん、ズボン吊りで。
いいじゃん、衣紋掛けで。
近年「同情」という言葉の地位がえらく失墜した。
「同情はいらない」とか、「同情するなら金をくれ」とか、
まるで「同情」がいけないことのように言われ、
一般にもそういう認識が急速に広まってきている。
で、教育界なんかでは
「子どもに同情しましょう」なんて言えなくなってきちゃったもんだから、
「共感」なんて語を創って、したり顔である。
しかし、だ。
「同情」ってのはいい言葉なんよ。
「相手と同じ場所に立って同じ辛苦を味わう」訳だから。
慎むべきは「憐れみ」であって、「同情」ではない。
それを混同してしまったために「同情」が悪いことのようになってきてしまったのだ。
そうした事情を分かっていて言葉を置き換えてる訳じゃないから、
何年かしたら絶対にまた「共感」と「憐れみ」が混同されて
「共感」が駆逐されるようになるのである。
耳ざわりの良さだけで言葉を置き換えていくとそういうことになる。
だから、言葉の置き換えは好きじゃなのだ。
さあ、明日からあなたも言葉を元に戻しましょう!
「ハンガー」じゃなくって「衣紋掛け」
・・・やっぱりヤだ???
平成12年8月30日(水)
♪夏休みが終わる頃出会ったあの淡い恋は
今思えば映画のように始めから終わりは見えてた〜♪
(小田和正「一枚の写真」)
夏休みが終わる頃である。
今年も恋には出会わなかったのである。
淡い恋にも濃厚な恋にも出会わなかったのである。
したがって、始めから終わりが見えていたのではなく
そもそも始まりさえしなかったという、何と不毛な夏!
っていうか毎年同じ!
こんな不毛な年が続くと、本当に頭が不毛になっちゃうぞ!
とまれ、八月も明日を残すのみ。
27歳でいられるのもあと16日かぁ・・・
平成12年8月29日(火)
社長がネットを始めて早3年。
これまでいろいろなことがあったけれど、
平平凡凡、のんべんだらりとやってきた。
出会いあり、再会あり、楽しくやってきた。
ところが・・・
ついに初めての経験をした。
メーフレさんとの喧嘩別れ。
いままで何となく途絶えてしまったメーフレさんは数多いたが、
喧嘩別れは初めてだ。
なんか淋しいものがあるなぁ・・・
っていうか、一説によれば「喧嘩別れ」には該当しないらしいのだけれど。
つまり、何でもないことで何故か相手がえらい怒り出して
一方的に「返信するな」と書かれたのです。
・・・
訳分からん・・・
平成12年8月28日(月)
昨日の夜、消灯前に先生に呼び出される。
曰く、「通院で治療しましょう。退院していいです。」
という訳で、突如として今日退院。
手続きやら支払いやらたらい回しやらあって、
夕方になってようやく帰宅。
結論から言うと、また休職。
普通ならとっくに首だな。
感謝せねば。
ちなみに結局、例の壮大なプロジェクトは水泡に喫した。
例の。
あれ?書いてなかったっけ?
入院を機会に看護婦さんと懇ろになっちゃおうプロジェクトが極秘裏に進められていたのだが・・・
平成12年8月27日(日)
夕べ消灯前、寝る準備をしていると、
どこからか「ボンボン」という音が聞こえてきた。
最初は上の病室で誰か暴れてるのかと思ったが、どうも違う。
カミナリさんかなとも思ったが、それにしてはおかしい。
様子を見ようと病室から出ると、
廊下の向こうの夜空に花が咲いていた。
花火だ。
おぉ、まともに見るの今年初めてだ!
きれいだなー・・・とか思っていたら、看護婦さんも来た。
一応、今年の花火は女性と見たなぁ!と満足。
かなり不毛だけれど・・・
平成12年8月26日(土)
今日になって初めて気がついたのだが・・・
社長の入院している病院って、結構いい度胸してる。
何しろ、社長の病室は549号室。
病院で忌み嫌われる「4」と「9」が両方使われているのである。
ほかにも544号室の存在も確認しており、
この分だと恐らく444号室だってあるとみて間違いなかろう。
いやぁ、びっくり。
この病院がそんな唯物論と反骨精神に満ち溢れていたとは!
やるじゃん、静岡県!
(社長が入院しているのは県立の病院です。)
・・・
でも、きっと唯物論だの反骨精神なんて関係ないのだろうな。
なーんにも考えてなかっただけなのだろうよ。
だって静岡なんだもん。
のほほーん、のほほーん・・・
平成12年8月25日(金)
夕べ、日記を更新してベッドに戻ると、ちょうど先生がみえた。
いわく、もう少し見たいところがあると。
いわく、もう一度検査したいと。
いわく、空いてる日に検査するので承知願いたいと。
で、例によって危険が伴うので、承諾書を提出。
先生を見送って寝る。
果たして今朝。
目覚めたところで看護婦さんがみえる。
体温測って、血圧測って・・・
看護婦さんいわく、「今日、検査ですよね!」
なにぃぃぃぃい!
いきなり今日だったの?
そんな訳で覚悟も何にもないままに検査室に運ばれる。
馬鹿痛い。
痛い筈だわな、神経に直接針を刺してんだから・・・
平成12年8月24日(木)
今日でめでたく退院!と思ったが・・・
どげげん。
突如見せられた入院計画書。
入院期間7日間って何だ???
3日で終わるって言ってたのに〜!
もっとも、この状態で明日通勤したら、たぶんぶっ倒れるけど。
お医者さんも気遣ってくれているんだなと、強いて納得する。
しっかしまだ検査の結果は出ないのだろうか?
早く直してほしいんだけどなぁ・・・
いや、一人かわいい看護婦さん見つけたから、もうちょっといたい気もするけど・・・
相変わらず、見て楽しむだけの不毛な日々である。
平成12年8月23日(水)
馬鹿痛ぇぇぇぇぇえ!
今日、検査が終了。
何とか生きている。
今のところ後遺症もない。
ただ・・・
痛かった。
「麻酔は痛いけど、検査そのものは平気だよ。」とは大嘘だった。
それから、検査後6時間は絶対安静とかいって動けないのも辛かった。
痛くても動けないので、どーんどん痛みが溜まっていくのだ!
無事に乗り越えられたのは、付き添いにきてくれた姉の力によるところ大きい。
ありがと!
感謝してます!
快気祝は寿司でいいです。
平成12年8月22日(火)
今日から入院・・・
等という日記を何故か書いている社長である。
なーんでか?
それはね、病院にPC持ち込んじゃったから〜
でも、持ち込んではみたが、なかなかいじっている暇がない。
だいいち、腰が痛くてそれどころじゃない。
最低限のこと・・・
メールチェックと返信しかできないのが実状だ。
さらに、院内では携帯電話が使えないという基本事項を忘れていた。
一応公衆電話でも使えるが、
あんまり堂々とやってると、こっそり持ち込んだ意味がない。
なかなか大変だわね・・・
平成12年8月21日(月)
今日も今日とて16:40ころ会社を出て、通院させて頂く。
これってすごーくありがたいことだな、と思う。
普通なら「通院?行っておいで!会社もう二度と来なくていいから。」
とか言われたって不思議はないのだ。
で、歩いて近い医者まで行く。
途中からどーんどん足の感覚がなくなっていく。
何とか辿り着き、注射3本。
ようやく症状が改善。
これをやらなかったら、帰り、車の運転ができんような感じである。
ところで。
よく話をする看護婦さんその2の年齢発覚。
23歳だって!
うーん、Good!
平成12年8月20日(日)
人事異動が出ていたらしい。
社長は動かず。
今はこんな身体だけれど治ればバリバリやで〜って認めてもらえたようで、うれしい。
うれしいけど・・・
動かないぞ、足。
どうしよう!
結局昨日今日は寝て過ごす。
だって動けないんだもーん!
せっかく久々の週休日だったのに・・・
いつまで続くんだろう、こんな生活・・・
平成12年8月19日(土)
たった三日とはいえ入院するということで準備に追われる。
検査ではあるけれども、ちょっと荒っぽい検査だということで、
半ば冗談で、半ば本気でいろいろな人に電話して声を聞いておいた。
ごくまれに危険が生じ、時々障害が残るというから、
金曜日に日記が更新されてなかったら・・・
まぁそんなことはないと思うけど。
これから入院というときにいいことを考えられる余裕などない。
ないけれども、
一つだけ楽しみなのは、いい看護婦さんいないかなーってこと。
ははは。
いいじゃん、どうせ見て楽しむだけなんだからー!
平成12年8月18日(金)
どう考えてもおかしい!
だって先生こないだ「あと1ヶ月もすればよくなってますから」って言ったじゃーん!
何なのよー、この足の痺れは!
デスクワークするにも注射がいるなんて、そんなバカなことがあるかー!
という訳で、一月ぶりに大きい病院へ。
結果。
「いかんでー、こらぁ麻痺がでとるでー。」
(ここの先生は関西出身の方です。)
「MRIで出とったヘルニアが悪化しよったんやね。」
ま・・・待て〜い!
前から「痺れがある」って言ってたじゃーん!
だいたい、MRIの結果は異常無しって言ってたじゃーん!
椎間孔に異常はあるけど、それが原因かは調べようがないって言ってたじゃーん!
どーゆーこと???
頭の上を3羽のハトが飛び交いつつ、
なにやら訳のわからないままに署名するように言われ、
検査に回ってくるように言われ、
よくわからないうちに来週検査入院と決まった。
いまだに何が何だかわからないーという林家喜久蔵的な台詞が頭の中を飛び交いつつ、
とりあえず入院の準備中である。
平成12年8月17日(木)
調子悪すぎーってことで、遠い医者へ行くべく休暇を頂く。
かなり辛い思いをしてたどり着く。
しかし途中で休んだりしたことが災いしたのか、到着が遅れる。
その上、お盆直後のためコミコミ!
順番は103番と、午前中の診療が絶望的に・・・
でも、ここの先生や看護婦さんはとても社長に好意的で、
「ねぇ、今日は何番?」と聞いてくれ、
じゃぁ午前中は103番までね!
と、便宜を図ってくれたのである。
先日102番のときもそうだった。
感謝感謝!
本当に、周囲の好意に支えられて生きていることを感じてしまう。
でも。
やはり明らかに治療の効果が落ちている。
これ、本格的におかしいんじゃないか?
本当に「筋筋膜性腰痛症」なのか?
いくら「症状がひどい」からって、4ヶ月たってこれってのは普通じゃないんじゃないか?
うーむ・・・
平成12年8月16日(水)
相談をしたくない人というのがある。
ただ、これには2種類ある。
1つは、信用できない頼りにならない人。
普通はこれでしょうね。
どうしたって相談なんかできないわいね。
もう1つは、迷惑や心配をかけたくない人。
普通なら一番尊敬していて、一番頼りになって・・・
だけどそれゆえに相談できないということがあるのである。
そんなわけで、今まで2番目の理由で相談できなかった先輩に、
ついに腰痛についての相談をした。
案の定、ご心配をおかけしてしまった。
案の定、困らせてしまった。
でも、とってもタメになるお話をして頂いた。
すこーし、視界が明るくなった。
腰は土砂降りだけど。
平成12年8月15日(火)
終戦記念日である。
社長の腰痛も今日で終戦だー!!!といけば最高なのだが・・・
現実はそうはいかない。
昨日と違い、今日は朝から痛みに悩まされる。
(昨日は日記を書いた後さらに悪化して立てなくなってしまった。)
しかしありがたいことに今日からは医者に通わせてもらえることに。
注射3本。
なんとか若干回復。
でも明らかに休職していたときよりも効き目が悪い。
これではまるっきり敗北だ。
・・・
そうだった。
日本の終戦は敗戦だった。
この腰が痛いねと僕が言ったから8月15日は敗戦記念日
平成12年8月14日(月)
復帰初日。
いきなり大後悔。
そもそも朝飯が食えない。
緊張その他の影響で潰瘍が痛む。
午前中は何とか持ったが、午後になって疼痛。
足から響く。
微妙にバランスを取って何とか勤務終了。
夕方には立っているのがやっとの状態に。
ま、何とかバレずに帰ってきたけど。
帰ってきてからもまともに歩けない。
情けない・・・
平成12年8月13日(日)
朝からデータの引越し等を行う。
PCはしばらく実家においておくからだ。
こんな時には老朽機とは言えノートが便利。
とりあえず最低限のことはできるからなー。
そんなこんなで、午後には寮に戻る。
ちょっとした引越しって感じだ。
明日から職場復帰。
にもかかわらずちょっと調子悪い。
でも、これ以上迷惑はかけられないのだわさ。
というわけでちょっと頑張っちゃう。
平成12年8月12日(土)
PCのサポートセンターにいるお兄さんをいじめてはいけない。
まして、土曜日に9:00出社しているようなお兄さんなら、なおさらである。
土日もサポートしてくれるお兄さんってすごいなー、
そんな勤務を維持している日電ってすごいなー、などと感謝しなければならない。
しかし、そうと分かっているいないにかかわらず、お兄ちゃんをいじめていることもあるので、注意が必要だ。
例の、PCがヘポヘポ止まる件で日電に電話する。
お兄さんの対応は自信に満ち溢れ、手馴れた感じでこう指示した。
「まず、スタートボタンからファイル名を指示して実行を選んで下さい。」
ふむふむ。
「次に、msconfigと入力して下さい。」
ふむふむ。
「一番右のタブをクリックして下さい。」
ん?なんか、やーな予感・・・
「そこにあるスタートアッププログラムをいくつかはずして下さい。」
ってちょっと待てーい!
VE40のときも同じくらいスタートアップあったけど、止まるまで行くことはなかったぞ!
で、ついつい言ってしまった。
「それって、このマシンの仕様ですか?」
黙るお兄さん。
凍る空気。
いたたまれず、ありがとうございました、試してみまーす!とか何とか言って電話切ったけど、
お兄さん的にはかなりプライドを傷つけられたようだった。
ごめんね、お兄さん。
でも・・・
でもまたPC止まっちゃったよ、お兄さん・・・
平成12年8月11日(金)
休職中最後の通院。
とうとう看護婦さんとは仲良くなれずに終わる。
そんなところが社長っぽくて微笑ましい、
と思ってるのは恐らく自分ひとりだけであろうことよ。(詠嘆)
しかし、ちょっと話をした看護婦さんの年齢が発覚。
4つも上だった。
みえないなぁ〜
絶対同じくらいの歳だと思ってたのに…
この歳までくると、女の人って歳であんまり変わらなくなってきてるのかもしれない。
などと考えながら帰宅。
しかし、
看護婦さん、そろそろ結婚しないとヤバイよ。
人のこと言えないけど。
平成12年8月10日(木)
尋ね人をしていたら、その方がカスタマサ−ビスを利用して下さった。
おぉ、ありがたい!と思ったが、
メールアドレスがなく、返信のしようがない。
途方にくれる日本の夏。
そんななか、相変わらずPCはヘポヘポ止まる。
どのくらい止まるかというと、Cx2時代の2倍は止まる。(当社比)
それでも再インストールをしないのは、
再起動がめっちゃ早いので止まってもそれほど苦になってないからである。
もっとももうすぐ職場復帰だ。
仕事で使ってて「ヘポッ」とくるのはたまらん。
早く何とかしないと…
平成12年8月9日(水)
「ハイテクな人ですね」と言われ、頭の上をハトが飛ぶ。
おっかしーなぁ・・・
社長は最新鋭であってはいけない。
そういうキャラじゃないのだ。
意味なく買ってきた高価なものがまったく役に立たないとか、
安いと思って買ってきたものがまるっきり使えなかったとか、
こうあってこそ社長なのである。
社長に未だ彼女ができないのも、実はキャラを守るためあえて作らないだけなのである。
・・・すみません。これは嘘です・・・
ともかーく。
ふと気づけばPCは最新鋭機だし、
周辺にはプリンタ、スキャナ、CD-RWがあり、
おまけにPD、電車でGOコントローラーまで付いている。
知らないうちに、何とびっくりハイテクな人になっていた。
おぉ、びっくり。
・・・でもね、
でも、やってること全然変わらんのよ。
周辺機器の電源入れることなんて滅多にないし、
PCだってへぽへぽと凍りまくるし・・・
みんな根本的なところを間違っているね!
機械が変わったからといって、使ってる人間も変わるってわけじゃないのよ〜
ま、社長の手にかかれば、どんな最新鋭機だってただのゲーム機さ。
ふっ!
平成12年8月8日(火)
毎年8月7日は隣の藤枝市で花火大会である。
8/7で「はな」だからという、非常に覚えやすい日程だ。
今年まともに見に行ける花火はこれだけだろうと思われたため、
是非とも行くべしの決意であった。
が…
来客があって行けなくなる。
どげげん。
あとこの辺で行けそうな花火といったらどこがあるのだろうか?
14日の焼津会場花火大会は仕事の復活日だし、
12日の佐鳴湖、15日の森、16日の春野はちょっと遠い。
一緒に行く人もないのに行く気にはあまりならない。
今年はあきらめようかなぁ…
とか言いつつ、今日は関戸橋の花火大会という情報を極秘裏に入手している社長であった。
平成12年8月7日(月)
復活決定!
来週の月曜日から勤務に復活することがほぼ決まった。
詳細は未定だが、やっと仕事ができる!
喜ばずにはいられない。
・・・
もっともかなり無理はしたけどね。
連日にわたり先生と談判。
「異動はできないんですか?」をくりかえす先生から、
何とか復帰をしぶしぶ認めてもらった。
そうなればこっちのもんだ。
このまま終わってたまるか。
例え辞めることになったとしたって、一花咲かせずばなんとしよう?
おーし、やったるでー!!!
相変わらず腰は痛いけど。
平成12年8月6日(日)
一緒に今の部署に配属された仲間が退職した。
かなりショック。
これで二人目だ。
しかも、二人とも知ってる人で、かつ二人とも出身が同じである。
よく二人とも「もう駄目だ、俺辞める」と言っていたものだが、
「頑張ろうよ、僕だって辛いけどがんばってるんだから、一緒にやっていこうよ。
辞めるときは三人一緒だよ。」
などと励ましてきた。
それが結局二人とも辞めちゃったんだなぁ。
僕が身体を駄目にしている間に、きっと彼らには凄い負担がかかっていたのだろうし、
そんな時に「一緒に頑張ろう」って言えなかったんだなってことを思い、一人落ち込む。
せめて彼らの第二の人生が一日も早く決まることを願うところである。
・・・明日は我が身だ・・・
平成12年8月5日(土)
暑中見舞い完了。
まぁ社長の手にかかれば暑中見舞いなんてお盆前だね。
ギリギリだったけど。
しかもPC使っちゃったけど。
しかも職場関係の最低限14枚しか出してないけど。
そんな訳で、社長から書中見舞いが届かないとお怒りのあなた!
機嫌直してください、あなただけじゃないんです!(笑)
ま、大切な友人のところにはかえって出さなかったりするけど。
心はいつも隣にいるからな。(我ながらナイスフォロー)
さぁ、これで心置きなく治療に専念だー!
復活祭近し!!!
平成12年8月4日(金)
気が付けば、もう4日。
そろそろヤバイ。
何がヤバイって、暑中見舞いの季節が終わってしまうのである。
そもそも暑中見舞いというのは実に不条理だ。
年賀状ほど期間が特定されているわけではないが、
と同時に年賀状ほど準備期間が用意されていない。
つまり、年賀状が十分な準備のもとに投函されるのに対し、
暑中見舞いというのは言わば外国に攻められてから軍隊を作るようなもので、
誰かから最初の一通が届いてはじめて「げ、そうじゃん」と気づかされるが、もう遅い。
ならばこっちから攻めてやればいいわけだが、
それができてるくらいだったら弊社はとっくに世界制覇していることだろうことよ。(詠嘆)
とか何とか言ってる間にはがきを買ってくるべきである。
いざ!郵便局へ!
平成12年8月3日(木)
「私」という語は実に難しい。
話し言葉の中では男も女も使うのに、
書き言葉の中では女が使うものという印象が深い。
社長は話し言葉でも書き言葉でも「私」という語を使うが、
今までそのことについて考えたりすることもなかった。
しかし最近になって、初めてメールを送った人から
「『オネエ』入った人かと思った」と言われるに至り、
なんでぇ、別に普通じゃんと思いながらもちょっと省みたりしてみた。
で。
自分は自分の文体になれているので、
自分の文章中で「私」の語が使われていても何ら違和感がない。
ところが、「私」の語を使ってメールを書いている人の文章を見てみると、
確かに「ちょっと…」という印象を受けるものが一部あった。
どうも話し言葉に近い文章で用いると、より「オネエ」っぽい。
そんな訳で何時の間にか本来の目的を忘れ、「私」を研究中。
相変わらず不毛なことやってるなぁ・・・
平成12年8月2日(水)
昨日は医者ハシゴだったが、こういう日は気を使う。
特殊な治療をしてくれる遠い医者は、
社長が医者を掛け持ちしてるの知ってるからいいけど、
主治医の近い医者はこのことを知らない。
というわけで、バレないように気をつかう。
遠い医者で注射してもらったら、すぐに注射のあとのカットバンをとったり、
施療の痕が見えないようにするのに結構神経使う。
で、昨日はそれもちょっとめんどくさくなってきたので、
「大丈夫です、今日は調子いいです。」と言っておいた。
で、今日。
ちょっと悪いので注射してもらおうかなーと思ったのだが、
先生、「よかったねー、もうどんどんよくなるねー」とかって喜んでくれちゃって、
とても注射してくれとは言えず。
やむなく、「万が一のために座薬ください」と言ってもらおうとするが、
「よくないですよ、あんまり使っちゃ。潰瘍持ちなんですから。」といわれる。
う〜。
かなり後悔中。
調子いいなんていわなきゃよかった・・・
平成12年8月1日(火)
いよいよ8月と言うことで、なんとしても腰痛にカタをつける決心を新たにする。
このごろだいぶ調子がいいので、なんとかいけそう。
でも、通っているお医者さんにはしっかり釘を指された。
「せっかくここまできたんですから、焦っちゃ駄目ですよ。」と。
焦って無理して結局長引かせたことを思い出す。
いかんいかん。
何を言われても回復が優先だ。
これ以上迷惑かけてたまるかー!
で、遠い医者へ行く。
到着時刻10:30。
ちょっと遅くなっちゃったなぁ…と思いつつ受付へ行くと、
あれ?63番???
前回はこの時間で102番だったし、それが普通のことなんだけど…
首をかしげながら待合室へ進み、ベンチへ座った途端、名前を呼ばれる!
順調すぎて気持ち悪い。
聞けば、こんなことは3年に一度あるかないかのことだという。
ラッキー!
ラッキーなんだけど…
あの注射は本当に何とかならないんだろうか?
マジ痛すぎるんですけど…