秘書室
-社長の日記-
平成10年8月29日(土)
知らんうちに弊社がInfoseekに登録されていた。
これは忌々しき事態である。
というのも、機械音痴で有名な社長の姉が何故かインターネットを始めていて、
弊社の存在がいつバレるともわからない状態になってしまっているからである。
バレれば日記にも書きたいことが書けなくなる恐れがある。
例えば、行き遅れの姉を持つ悩みとか、道楽ものの姉を持つ苦悩とか、
そんなこと書いたら、途端に私のパソコンは物理的に破壊され、
私の部屋には姉の手下であるウサギ二頭が解き放たれ、
コードは噛み切られ、枕には糞が散乱していることであろう。
そんなことになっては大変である。
さぁ皆さん、祈って下さい。
世界平和と家内安全を。
ついでに商売繁盛も祈っておくと手間も省けるかも・・・
平成10年8月22日(土)
今週、新聞でアメリカの大統領の破廉恥さを知らされた。
その数日後、今度はアメリカの強引さを知らされた。
確かに最初に手を出したのは向こうかもしれない。
でも、だからってミサイルぶっ放すことはないだろう!
なーんとなく、アメリカの大統領一人の強引さから起こった出来事のような気が・・・
なんか釈然としない。
まぁ、もう少し様子を見ようか・・・
アメリカがしたことだと、納得できないことでも、
何となく様子を見ようかと思ってしまう。
以前、インド・パキスタンの核実験に際してカレーボイコットしたのと比べると、
何という感覚の違いだろうか。
何故だろう???
・・・
そう、アメリカは影響力が大きすぎる。
アメリカモノをボイコットしようとすると、食えるものが無くなるのである。
これはゆゆしい問題だ!
と言う訳で、ここは平等を期するため、カレーボイコットを解除することにする。
・・・
なーんでこんなに軟弱なんだろう、わし・・・
平成10年8月16日(日)
今日は袋井の花火大会である。
袋井市は静岡県の西部にある都市で、
新幹線停車都市の掛川市と、サッカーのジュビロで有名な磐田市の間に挟まれている。
全国的に見れば、どちらかと言うと有名な街ではないのかもしれない。
しかし、袋井の花火大会は全国屈指の規模を誇る。
打ち上げ総数、何と20000発。
内、仕掛けは10以上、プログラムの中には尺玉100連発なんてのもある。
まだ4回目と歴史が浅いにもかかわらずこのように大きな大会になったのは、
この花火大会が全国名人選抜コンクールを兼ねているからであろう。
当然、成和興業社長もこの花火大会を見学・・・できない。
だって今夜はもう寮に帰らなきゃあならないんだもん。
ちっくそう!
平成10年8月14日(金)
今日もどこかで花火の音がする。
昨日までの2日間は荒祭だったので、しょっちゅう花火の音がしていたが、
もう昨日で終わってしまった。
今日はどこかで小さなお祭りがあるのか、それとも盆踊りがあるのか・・・
否、違う。
8月14日は毎年決まって焼津海上花火大会が開かれる日なのだ。
花火大会そのものは19:15からだが、昼間のうちから音玉とかが出て賑やかである。
焼津の花火といえば、ここでしか見られない(かどうかは知らんけど)魚型の花火である。
それから、海面から扇形に開くスターマイン。
しかし、花火業界にも流行というのがあるらしく、
魚型の花火は今年一つ(一匹?)しか上がらなかった。
扇形の花火に至っては、一つも上がらなかった。
時代の流れなのかなぁ・・・
皆さんの街の花火大会はどうですか?
平成10年8月12日(水)
荒祭というのをご存知だろうか?
焼津市内にある焼津神社で毎年8月12・13日に開かれる祭で、
他にも焼津祭とか何とか呼び名がある。
焼津の中心街はこの両日、祭一色となる。
ちなみに、荒祭のポスターには「東海一」と謳われているが、
私にはそんな見え透いた嘘は付けない。
とはいえ、祭の盛り上がりは相当なものである。
今日は「神転がし」(赤ん坊を転がして泣かす神事)程度だが、
明日はいよいよ御輿の出番。
「アイエートウー」という独特の掛け声と共に、行列は町を練り歩くのである。
(掛け声はよく「アンエートン」と表記されるが、
聞いた感じでは「アイエートウー」の方が近いと思う。)
時には獅子が軒を壊したりもすることがあるが、ご愛敬。
今年も明日が楽しみである。
え?私?
私は例年見る専門。
いつも親兄弟親戚一族に言われる。
「焼津で男に生まれてきたに、祭に出ない馬鹿ん何処にいるだね?」と。
はい。馬鹿はここにいます。
皆さんも来年あたり「馬鹿」になりにいらっしゃいませんか? 焼津へ!
平成10年8月10日(月)
この日記を読んで下さっている皆さんは不思議にお思いのことであろう。
お盆休みだというのになかなか更新されない日記。
かと思えば一週間近く遅れて突然、日記の更新。
ほんと、ごめんなさいねぇ。いい加減で・・・
ま、社長を個人的にご存知の方にとっては
「また怠けてやがるよ。」という答えが既に胸のうちにあろう。
はっきり言って、ほぼ正解である。
しかし、ちょっと別の事情もある。
実はこの10日、成田で空港に勤めている姉(31歳独身)が
焼津に帰ってきているのである。
「こいつ何しに帰ってきたんだ!」と思わざるを得ないほど、
社長のパソコンを独占してソリティアやマインスイーパーをやり続けている。
で、更新不能が続いているという訳だ。
はぁ・・・
ごめんなさいねぇ・・・
平成10年8月8日(土)
昨日は東京で会社のサッカー大会だった。
一回戦、長野支社との戦いは前半の一得点が決勝点となり、我等が静岡支社の勝利。
しかし、二回戦の対神奈川支社戦は、前半序盤の一失点が決勝点となって涙の敗退。
せっかく朝から頑張って行ったのに、応援が足りなかったのかなぁ・・・。
とりあえず、真っ昼間に東京で自由の身になったことだし、半年ぶりに街を歩いてみる。
・・・街と言ったって都心じゃなくて小平だけど・・・
やっぱり武蔵野は雰囲気がいい。暑いけど。
で、せっかくここまで来たのだから、多摩に地にも寄ってみる。
ああ、よかった。まだこの街は知らんぷりしたりはしない。
でも、私がもと住んでいたアパートには既に別の人が住んでいた。
なんだか、胸が「きゅっ」となってしまった。
この街でいろんなコトを経験してきたのだなぁ・・・って。
友人にも電話してみるが、誰もいない。
私は独り、多摩の地を離れた。
今度来るのはいつだろう?
その時までこの街は私を覚えていてくれるだろうか?
そんな寂寥感を乗せて、京王線急行は加速していく。
VVVFの音と共に。
平成10年8月1日(土)
本来は火曜日に富士登山だった訳だが、天候不良のため昨日に順延された。
中止になる筈だったのにラッキーだと思った。
でも・・・
とある事情により日程が遅れに遅れる。
頂上到着は12時50分の予定が、着いてみたら14時30分。
下山開始は15時30分。
下山予定時刻は16時30分頃であったけれど、その時間にはまだ8合目である。
懐中電灯も持っていないというのに、砂走りを降りているうちに日も暮れてしまった。
まさに遭難寸前。
それでも何とか下山できてこうして日記を書いているのは奇跡的である。
5合目到着の時刻は既に19時30分を優に回っていた。
もう少しで、警察のご厄介になるところだった。(笑)
で、日程が遅れた原因の「とある事情」とは・・・
登山隊長(校長)の体力である。
あんなに休憩ばっかとるんなら、
無理しないで7合目あたりで下山してくれればよかったのに・・・