僕が住んでいた仙台の郊外に、「釜房ダム」というダムがある。山間のちょっとした盆地にあるダムで、このあたりはまだかなり緑が多く、人口もそんなに多くない。はっきり言ってしまえば田舎である。
そんな釜房ダムの近くに、人呼んで「幽霊ホテル」という廃虚があった。その筋では結構有名な所で、いわゆる心霊スポットだ。怖いもの見たさでそこを訪れる人達が結構いて、それだけに怪奇体験をした人も少なくない様だ。
そんな中で、やはり怖いもの見たさで「幽霊ホテル」を訪れた3人組がいた。いずれも大学生の男子で、話をしているうちに盛り上がって、「幽霊ホテル」にまつわる噂が本当かどうか確かめようという事になったらしい。
「幽霊ホテル」にまつわる噂とは、「人気も途絶える深夜、誰もいないはずの建物の2階の一番端の部屋の窓辺に、女の人が立って外をじっと見ているのが見える」というものだった。
その噂の真偽を確かめようという事になったのだが、3人の内の1人(仮にCとしよう)は気が進まず、盛り上がっている2人(仮にA、Bとしよう)に「やめとこうぜ。」と言ったのだが聞き入れてもらえず、無理矢理連れてこられてしまった。
3人が車で件の廃虚に到着した時、時計はもうすでに午前零時を回り、普段から人通りの少ないその場所には人っ子一人いなかった。3人は車から降りたのだが、いかにも何か出そうな雰囲気に妙に興奮してはしゃいでいるAとBとは対照的に、Cはどうしても嫌な予感がしてならなかった。
「なあ、やっぱりやめとこうぜ。絶対ヤバイって。」とCは中止を呼びかけたが、AとBは「なに言ってんだよ、ここまで来て。本当に幽霊が出るか出ないか確かめに来たんだろ。3人もいるんだし、そんなに怖がるなって。」と言って取り合ってくれない。結局Cはどうしても廃虚の中には入りたくないと言うので、AとBだけが建物の中に入って探索する事になった。
「ははぁ、あの窓だな。」廃虚に入る前に3人は噂の窓を見上げた。もはやガラスもないその窓は、まるで廃虚の中の暗闇を吐き出す口のようだ。「それじゃ行ってくるからな。」と言ってAとBは廃虚の中に入っていった。Cはそれを見送って、車の脇に立ってAとBが目指す部屋の窓を見上げていた。
「うわ〜・・・マジですげぇ廃虚だな。」懐中電灯を照らしながらAとBはおっかなびっくり建物の中を徘徊していた。やがて階段が見え、2階へと上がり、噂の一番端の部屋へと辿り着いた。恐る恐る中を覗いてみたが、誰もいない。「な〜んだ。やっぱり誰もいないじゃん。結局ただの噂だったんだな。」2人は安心して部屋の中へ入っていった。その部屋は他の部屋に負けず劣らず荒れ果てていて、色々と探し回ってみたが、結局何も見つからず、何も出なかった。
それから2人は窓辺に立って、下で待っているCに「お〜い」と手を振った。Cは相変わらず車の脇に立ってこちらを見上げていて、こちらの合図に気付いたのか手を振り返してきた。「お〜い、やっぱり何もでなかったぞ〜。お前もこっちに上がってきてみろよ〜」とAがCに呼びかけると、Cは相変わらずブンブンと手を振っている。
「なにやってんだ、あいつ?」AとBが不審に思ったのも無理はない。Cはちぎれんばかりに腕を振り回していた。何やら口をぱくぱくさせていたのだが、やがてCの怒鳴り声が聞こえてきた。「なにやってんだよ!早く降りてこいって!」そう言ってCは力いっぱい腕を振り回していた。手を振っていたのではない。「戻ってこい」と言う仕草を必死にしていたのだ。
「なんだよ、一人で待ってるのが怖くなったのか?だったら一緒にくれば良かったのによ」とAがからかい口調で言うと、「いいから早く降りてこいって!早く!」とCが怒鳴り返してきた。AとBは半ば呆れて「分かった分かった。今戻るよ」と言ってその部屋を後にした。
やがて車を停めてある所に戻ってきたAとBは、「なんなんだよ、一体。別に何もいなかったぜ。怖がるのもいい加減にしろよ。」と言うと、蒼白な顔のCが2人に言った。
「お前ら・・・本当に気付かなかったのか!?あの窓辺・・・手を振ってるお前らの横にもう一人、俺に手を振ってる女がいたんだぞ!」
・・・その「幽霊ホテル」も、噂ではすでに取り壊されたという事だ。